Banff
軽やかな東ハイランドモルト、「バンフ」

バンフ蒸留所は1983年に閉鎖され、1991年にはすべての建物が取り壊されてしまいました。オーナーだったディアジオ社のレアモルト・シリーズ以外ではオフィシャルボトルは一度も販売されたことがなく、入手できるのは基本的にインディペンデントボトラーズがボトリングしたものだけです。閉鎖時には相当量のストックが残されていたとも言われていて、出回っているバンフのシングルモルトもそれなりの量なのですが、比較的入手が困難な印象を私は持っています。

バンフは麦芽を連想させる甘い香りと、軽やかで心地よいレモンのような酸味が特徴的です。ボディは比較的軽いのですが、1970年以前に蒸留されたものの中には、蜂蜜のように濃厚なボディをもったものも見受けられますね。

バンフ蒸留所があるのは、バンフ州の州都バンフから1.5キロメートルほど西にあるインヴァボインディという村です。そのためインヴァボインディ蒸留所と呼ばれていたこともありました。

一般的に蒸留所には可燃物が多く、どこの蒸留所でも火災のひとつやふたつは経験しているものです。しかし、バンフ蒸留所ほど火災に関わる大きな事故を数多く経験しているところは珍しいでしょう。その中でも興味深いエピソードとともに語り継がれている事故を、ふたつほど紹介します。

1941年の8月に、バンフ蒸留所の第12番倉庫は空襲による爆撃を受けて損壊しました。延焼を防ぐために残った樽は即座に壊され、流れ出たウイスキーの一部は地中にしみ込み、残りはボインディ川に流れ出て行ったそうです。そのため酔っぱらったたくさんの水鳥が、水辺に打ち上げられました。放牧されていた牛たちは立ち上がることができなくなり、その日は搾乳が行なえなかったそうです。また、その晩にはドイツのプロパガンダ・アナウンサーが、「ドイツ空軍は、スコットランド北部の主要な弾薬庫を破壊した。」との意図的な誤報をニュースで伝えたという、当時の世相をよく表したエピソードも残されています。

1959年の10月には、新設するパイプを再留用のスティルに溶接している最中に爆発事故が発生しました。蒸留所は大破し、製品と蒸留施設の大半を失ったといいます。しかし、作業にあたっていた銅器職人たちは激しく吹き飛ばされたにもかかわらず、全員が奇跡的に大きな怪我に至らなかったそうです。

かつて英国下院には、バンフのウイスキーが収められていたこともありました。そんな誉れ高いバンフのシングルモルトを、ストックのある内にぜひ飲んでおきたいものです。


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