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■スコットランド
分類の仕方にはいくつかあるが、ここでは古典的ではあるが、個人的に最も気に入っているものを紹介したい。勿論当サイトにおいても採用してある分類法だ。蒸留所は、酒質の違いによって4つの地域に区分することができる。
蒸留所の数が多い順に並べると、ハイランド、アイラ、ローランド、キャンベルタウンとなる。ハイランド地方は面積においても最も広く、更に6つの地域に細分化できる。北、西、東、ミッドランド、スペイサイド、アイランズの6つである。スペイ川流域には蒸留所が密集しているため、スペイサイド産として特に分類されている。また、本島の北側に浮がぶオークニー島産や、西側のインナー・ヘブリディーズ諸島産のシングル・モルト・ウイスキーは、‘アイランズ・モルト’として一括りにされる。ただし、これらの区分は便宜上為されているものであり、実際の酒質の差にはボーダーレスな面も多く、明らかな例外とみなせるケースも少なからずある。
比較的顕著に現れる酒質の違いは、ボディ(こく)とピート香(泥炭の燻煙香)だ。相対関係を図で表すと下記のようになる。
【ハイランド】
ハイランド地方のシングルモルトウイスキーは、基本的にはピート香が強く、ボディがしっかりしたタイプだと言うことになっている。しかし、例外は決して少なくない。全体の傾向としては、確かに北に行くほどピーティな性格を強く帯びるが、ボディの厚さは正直なところ蒸留所によってまちまちだ。ハイランドの中でも特に銘酒の誉れが高い、スペイサイド産のシングル・モルト・ウイスキーでさえ、銘柄によってはボディがスカスカに軽いものもある。蒸留所の数が多いせいもあるだろうが、ハイランドは玉石混淆のエリアだと言っては言い過ぎだろうか。
【ローランド】
さて、一般的な評価は余り高いとは言えないローランド産のシングル・モルト・ウイスキーではあるが、実際にはどうなのだろうか。世間で言われるほど、ローランド・モルトの水準は低くないのではないかと私は思う。傑出した銘柄があるとは言えないのだが、まずいローランド・モルト・ウイスキーには、いまだかつてお目にかかったことがない。酒質にしても、ライトでスムースなものばかりではなく、骨太なものも結構あるのだ。
【アイラ島】
アイラ・モルトはアイラ島産のものを指す。‘Islay’と綴るがアイラと発音する。アイラ島は、日本の佐渡島ほどの小さな島なのだが、独立したひとつのエリアとして区分されているのには、それなりの訳がある。アイラ・モルトの特徴は、潮の香りを含んだピート香だ。スコットランドの多くの蒸留所では、麦芽を乾燥させる際の燃料に、ピートと石油とを併用している。アイラ島の蒸留所では、潮風がたっぷり染み込んだピートをふんだんに使用するために、ヨード臭あるいは海草の香りを含んだ燻煙香が麦芽に染み渡るのである。またこの地域では、水さえもがピートの影響を受けており、アイラ・モルトの特徴付けに一役買っているのだ。アードベグ蒸留所のように、極端にスモーキーなモルト・ウイスキーを造る所もあれば、ブンナハーブン蒸留所のように爽やかなピート香を放つウィスキーを造る所もあり、それぞれに独自の主張が見受けられる。
こう言った、癖の強いシングル・モルトウイスキーは、スペイサイドのザ・グレンリベットに代表されるような正統派のシングル・モルトとは、対極的な位置付けが為されている。アイラ・モルトは特殊な酒なのである。それが証拠に、ブレンデッド・スコッチ・ウイスキーのメイン原酒に、アイラ島産のモルト原酒が選ばれることは、まずない。風味に奥行きを持たせるために、隠し味として用いられることの方が一般的だ。アイラのシングル・モルト・ウイスキーが、ひとつのカテゴリーとして一括りにされているのには、そう言った理由があるのだ。
『癖の強いものほど、慣れると病み付きになる。』などとよく言われるが、アイラ・モルトにもそれが当てはまる。主張がはっきりしているため、非常に分かりやすい酒なのだ。そう言った意味では、最初に試して欲しいシングル・モルト・ウイスキーなのである。入門用のシングル・モルト・ウイスキーには、比較的風味の軽いものが良いとする意見もある。しかし入門者が、果たしてそのウイスキーを旨いと思うだろうか。風味のデリケートなシングル・モルトと言ったものは、むしろ上級者向けなのだ。初めてシングル・モルトを口にした人に、『たいしたことないな・・・』などと思われるのも不本意なことだ。
【キャンベルタウン】
最後に、キャンベルタウン・モルトについても少し触れておこう。このエリアのシングル・モルト・ウイスキーの特徴のひとつに、アイラ・モルトと同様の‘潮の香り’が挙げられる。しかしその香りの由来は、アイラ・モルトとは若干異なるのだ。キャンベルタウン・モルトのピート処理は、実は比較的軽いのである(ロング・ロウは例外)。にもかかわらず、海を彷彿とさせる香りを帯びているのは、この地方に発生する海もやのせいであるとする説が一般的だ。塩気を含んだ海もやが、熟成中のウイスキーに影響を与えているのだと考えられている。
キンタイア半島の南方に位置する、このキャンベルタウンのエリアに区分されている蒸留所は、現在2つしかない。かつてはウイスキーの一大産地として栄えたこの地域には、19世紀中頃の最盛期には、なんと30もの蒸留所が存在していた。このエリアは他の3つとは違って、小さな町なのである。いかに蒸留所がひしめき合っていたかがうかがわれる。しかしその勢いにも、次第に陰りが見え始める。その大きな原因となったのが、スペイサイド・モルトの台頭である。比較的ヘヴィなキャンベルタウン・モルトは、当時では時代遅れの存在になりつつあったのだ。丁度その頃はアメリカでは禁酒法時代に当たり、キャンベルタウンの一部の蒸留所がアメリカの市場をあてにして、密造酒の製造に手を出してしまったのである。その行為が粗悪なウイスキーの濫造を呼び、キャンベルタウンのウイスキー産業は衰退の一途をたどることとなる。しかし熾烈な生き残り競争において、他を凌駕した今日の2蒸留所の実力は、我々の期待を裏切らない素晴らしいものだ。特にスプリングバンクのシングル・モルト・ウイスキーに、熱烈なファンが大勢いることは良く知られている。
■アイルランド
シングル・モルトを語る上では、アイリッシュ・ウイスキーに関しても触れずにおく訳にはいかないだろう。ウイスキーの中では世界最古の歴史を持つとされるアイリッシュ・ウイスキーは、例えるならスコッチ・ウイスキーの年子の兄貴のような存在だ。このウイスキーの特徴を簡単に述べると、『ライト・ボディで風味が軽く、飲みやすさを追求した仕上がり』とでもなるだろうか。ほとんとがブレンデッド・ウイスキーであり、シングルモルトは数える程しかない。
アイリッシュ・ウイスキーが世界を席捲し、一世を風靡したのは、今から一世紀ほども前のことだ。かつては数十を数えたアイルランドの蒸留所も、現在ではオールド・ブッシュミルズとミドルトン、そしてクーリーの3か所しかない。これで世界中の需要を満たせるのだから、いかに狭いシェアに甘んじているがが分かろうと言うものだ。アイルランドの蒸留所は伝統的に、規模や蒸留器の釜が非常に大きい(新顔のクーリー蒸留所は異端的な例外だが、詳細については『ウイスキー小史』のページを参照願う)。かつて世界最大のウィスキー産出国だった頃の形態が、需要の低迷にも関わりなく、そのまま踏襲されているからなのである。特にオールド・ブッシュミルズ蒸留所では、10基ものポット・スティル(単式蒸留器)を駆使して数種類の異なるタイプのモルト原酒を造ることができる。確かにスコットランドにも、グレンフィディック蒸留所(なんと28基ものポット・スティルを所有している)を筆頭に、規模の大きな蒸留所はいくつかあるが、どこの蒸留所も蒸留器自体は非常に小さいのである。3種類以上ものモルトを蒸留し分けている蒸留所も、スコットランドには見当たらない。しかし、その点を考慮したとしても、アイルランドの3か所と言うのはいかにも少ない。
アイリッシュ・ウイスキー業界の最初のつまずきは、20世紀初頭の頃から深刻化し始めた、輸出分野における業績の落ち込みだ。当時のアイリッシュ・ウイスキーは、今日のものとは違って、全てがシングル・モルトとして市場に出されていた。しかもその多くは、へヴィでかなり荒々しい性格を帯びたものだったのだ。主な輸出先であるイングランドやアメリカ合衆国の人々に対して、最初は新鮮な印象を与えていたそのマニアックなキャラクターも、結果的には飽きられてしまうことになる。消費者の立場から言わせてもらえば、せめてもう少し風味のヴァリエーションに、幅を持たせてやれば良かったのではないだろうか。そうすれば、気分や体調に合わせて飲み分けることも可能だ。ともあれ、アイリッシュ・ウイスキーも商売を続けていく為には、頑固に守り抜いてきたこくのあるモルト・ウイスキーを、見直さざるを得なくなってしまった訳だ。以後、1984年にブッシュミルズのシングル・モルト・ヴァージョンが登場するまでの数十年間、アイリッシュのモルト・ウイスキーが販売されることはなかった。
一方スコットランドでは、19世紀半ばにはすでにブレンデッド・ウイスキーが考案され、製品化されていた。20世紀にはブレンデッド・スコッチが、アイリッシュ・ウイスキーに代わって主役の座にすわることになる。因みに、ブレンドに用いられるグレーン・ウイスキーは、パテント・スティルと呼ばれる連続式蒸留器によって造られるのだが、このシステムを発明したのがイーニアス・コフィと言う名のアイルランド人であったことは皮肉な話だ。
今日のアイリッシュ・ウイスキーが、今ひとつメジャーになれない理由は様々あるだろうが、やはり万人受けを狙った方策が裏目に出ている気がしてならない。アメリカにおける禁酒法時代には密造者達の謀略にかかり、不幸にも名声を落したことも確かだ。だが、そのハンディを跳ね返す為には、現状からの脱皮も必要だろう。先人たちの轍を踏まぬようにと慎重になるのは、無論分からないでもない。しかし、いつまでも老舗の誉れにすがっているだけでは、市場の自由競争において後塵を拝するのもやむを得ないのではないだろうか。そう言った意味においても、近年のシングル・モルト復活への動きは、例え試行的であるにせよ大変評価できるものだ。また、賛否両論あるだろうが、クーリー蒸留所では完全にスコッチを模倣した操業を行なっている。もしかしたら、今日のアイリッシュ・ウイスキー業界は過渡期と言えるのかもしれない。
ともあれアイリッシュ・ウイスキーには、アイリッシュならではの個性と言ったものを、もっとアピールして欲しいのである。需要が伸び悩み、シェアの拡大に行き詰まっている現状を考えるなら、アイリッシュ・ウイスキーもそろそろ本格的に、個性豊かなシングル・モルトを見直しても良い時期が来ているのではないだろうか。ガツンと来る、ボディの厚いアイリッシュ・モルト・ウイスキ一の復興を待ち望んでいるのは、私だけではないはずだ。
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