■テイスティングを楽しもう

 当サイトではそのシングル・モルト・ウイスキーをテーマとし、テイスティング面からのアプローチを中心に紹介と解説をしてある。ウイスキーは好きなのだが、ありきたりのウイスキーに対しては何らかの物足りなさを感じていると言った方にとっては、丁度よい案内役になると思う。

 多くのウイスキーにはワインほど個性のヴァリエーションがなく、特定の銘柄にアイデンティティ求め難い点は紛れもない事実だ。しかしシングル・モルトは違う。個性豊かなシングル・モルト・ウイスキーならではの利き酒の醍醐味、それを少しでもたくさんの方に伝えることができれば幸いだ。


■プロのテイスティング

 ウイスキーのような香り高い蒸留酒は、‘香り’を利くことに力点を置くのが一般的だ。まず、プロのテイスターであるブレンダーのやり方を紹介しよう。彼らは香りを利く為に、テイスティング・グラスに深々と鼻を突っ込む。この様子は、写真や映像等で御存知の方もいるだろう。意外に思われるかもしれないが、ブレンダーたちは舌や口を使わないのである。一般的には余り知られていないことだが、センサーとしての性能、特に潜在能力において、鼻と舌とでは雲泥の差がある。鼻の方が、数十倍も優れているのだ。私のような凡人にはとても信じられないことなのだが、彼らは200種類から400種類もの香りを識別できると言う。舌で同じだけの種類の味を分別することは不可能である。作業の効率を考えたならば、嗅覚をフルに使った方が、仕事ははかどる訳だ。

 一般的な利き酒師たちは、やはり味も見る。口に含む際には、サンプル同士が互いに影響を及ぼさないように、細心の注意を払わなければならない。舌の上でころがすようにして、風味や、口当りを利いた後には吐き出してしまうのだ。そして口の中に残ったわずかな量のウイスキーを飲み込み、鼻に抜ける香りや喉越し、余韻などをチェックする。別のサンプルに移る前には口の中を水でゆすぎ、リフレッシュさせておくと言った念の入れようだ。ウイスキーをそのまま飲み込んでしまわないのは、酔ってしまっては公正な判断が下せなくなる為であることは言うまでもない。しかし例えるならば、まるで鵜飼いの鵜だ。


■トータルな“満足感”を評価するために

 プロのブレンダーや利き酒師でもない限り、自虐的なテイスティングを自分に強いる必要はない。プロのテイスティングは、言わば“サンプルの試飲”であって純粋に“飲むことを楽しむ”テイスティングとは本質的に違う。ブレンダーの仕事にケチをつける気は毛頭ないが、個人的には『酒は実際に飲んでみなければ解らない』と思っている。口に含んだウイスキーは、喉を通してしっかりと胃袋に収めてやらなければ、その本当の実力を測ることはできないということだ。そうすることによって、初めて得られる満足感が必ずやある。更に言えば、酔い心地さえもがおいしさの内なのだ。

 当サイトにおけるシングル・モルト・ウイスキーの評価は、入手したボトル(700ml or 750ml)をすべて飲み切った上で導き出したものだ。ただし、評価に厳正を期する為に、同時に2種類以上のサンプルをテイスティングすることは避けた。また、風味の劣化を招かないように、開栓したボトルは1カ月以内には空けるように心掛けた。

 体調やメンタルな面に味覚が左右されてしまうことは、テイスティングにおける厄介な問題のひとつだ。そう言った影響を最小限に抑える為には、自分のコンディションを良く把握しておくこと。また、主観的な好みがシフトしてしまうと言った現象が起こることも事実だ。例えば、開栓したばかりの頃にはおいしいと感じていたものが、次第に飲み飽きてしまったりする。甘味の強いモルトは、飽きが来やすいようだ。この逆のパターンも少なからずある。最初の印象が平凡でつまらなかったのにも拘らず、次第においしさを発見できたり、あるいは個性が強烈すぎて馴染めなかったものが、逆にその個性がやみつきになってしまったりする。正当な評価を下すには、やはり1杯や2杯では駄目で、ある程度の量は飲まなけれぱならないのだと、つくづく考えさせられた。


■割り水も大事なポイント

 水によってウイスキーの味が変わることは広く知られており、蒸留所で仕込みに用いた水で割るのが、本当は一番おいしいのだそうだ。この仕込み水のことを、マザー・ウォーターと呼ぶ。理想はウイスキーごとのマザー・ウォーターを入手することなのだが、現実的には市販のミネラルウォーターに落ち着く。

 水割りの味を比較すると言う点から考えるならば、本来ならひとつの銘柄に統一すべきだろう。しかし実は、ウイスキーと水との間には、相性と言ったものが存在するのだ。相性の善し悪しは、実際に混ぜてみなけれぱ判らない上に、テイスティングにおいて水との相性をも考慮するとなるとあまりに煩雑だ。

 そこで、入手しやすいミネラル・ウォーターの中から比較的オールラウンダーな銘柄を何種類か選抜すると言った妥協策を取った。選抜の為のサンプルに用いたシングル・モルト・ウイスキーは、<ザ・グレンリベット12年> <ボウモア12年> <ハイランド・パーク12年> の3種類であり、結果は次の通りだ。


  ザ・グレンリベット ボウモア ハイランド・パーク
安曇山水
摩周の霧水
南アルプスの天然水
銘水の旅
羊蹄山の湧き水
龍泉洞地底潮の水
六甲のおいしい水
エビアン
ボルヴィック



×



×







×







×
ハイランド・スプリング


 以上の結果を踏まえて、<安曇山水> <摩周の霧水> <南アルプスの天然水> <羊蹄山の湧き水> <ボルヴィック> の5銘柄を割水として採用。なおウイスキーとの組み合わせは、ランダムとした。

 スコットランド産のミネラル・ウォーター<ハイランド・スプリング> は、この3種類のシングル・モルトで試した限りにおいてはやや期待外れだった。しかし好んで使用するプロも多く、ブランド名もおいしさの内だと言う向きにはお勧めしたい。現在正規の輸入はストップしてしまったが、参考銘柄として上記リストに追加した。以下は全10銘柄のミネラル・ウォーターのプロフィールとデータ。こちらもご参考に。


  原水の種類 殺菌方法 ミネラル含有量
(mg/l)
硬度 pH
Ca Mg Na K
安曇山水
摩周の霧水
南アルプスの天然水
銘水の旅
羊蹄山の湧き水
龍泉洞地底湖の水
六甲のおいしい水
エビアン
ボルヴィック
深井戸水
湧 水
鉱 水
鉱泉水
湧 水
鉱泉水
鉱泉水
鉱泉水
鉱泉水
加熱殺菌
加熱殺菌
加熱殺菌
ろ 過
加熱殺菌
ろ 過
ろ 過
無殺菌
無殺菌
12.0

11.0
40.0
5.1

24.0
79.0
10.4
2.6

1.4
5.8
1.5

5.7
25.0
6.0
4.4

6.0
3.6
7.0

18.0
5.8
8.0
0.8

2.0
0.6
1.5

0.3
1.0
5.4
40.4
25.6
33.1
123.2
18.8
81.0
82.8
297.5
50.0
6.8
7.0
7.1
7.8
7.3
7.6
7.7
7.3
7.0
ハイランド・スプリング 鉱泉水 無殺菌 39.0 15.0 09.0 0 157.5 7.9


深井戸水
70m以上の深い井戸から、ポンプ等により取水した地下水。
湧 水
自噴している地下水。
鉱 水
ポンプ等により取水した地下水のうち、含まれているミネラ
ル成分などによって特徴づけられるもの。
鉱泉水
自噴する地下水のうち、水温が25℃未満のもの。含まれて
いるミネラル成分などによって特徴づけられる。ちなみに
25℃以上のものは、<温泉水> として区別される。
硬 度
CaイオンとMgイオンの合計量を、Ca CO3(炭酸カルシウ
ム)の量に換算して、1,000ml中に何mgあるかを表したも
の。一般的には、硬度が100を越えると中硬水、200を越え
ると硬水などとみなされるが、軟水と硬水とを区別する明確
な規定はない。
pH
溶液のH(水素)イオン濃度を表す指数のこと。pH7.0が中
性。これより高くなるとアルカリ性、低くなると酸性に傾く。


■評価のポイントと基準  次の8つのポイントに関して、5段階評価のチェックを行なう。バランスが一目で判るように、グラフィカルな表組みで表わしてみた。ただ、バランスの取れ過ぎたモルトは、平凡な印象を与えてしまうことも多い。バランスに関しては、むしろやや崩れぎみな方がおもしろい。

1. モルト香
2. 熟成香
3. ピート香
4. 油質感
5. 辛 さ
6. 甘 味
7. 塩 味
8. ボディ

1.モルト香

 原料の大麦由来のシリアル(穀物的)な香りのことである。ワイン用語におけるアロマ香だ。ワインでは、原料由来の香りのことを特にアロマ香と呼ぶが、ウイスキーにおいては香り全般を指してアロマと称する。モルト香と熟成香とは相反するものと考えられがちだが、両者を合せ持ったモルトも少なくない。

2.熟成香

 本来ならアロマに対してこちらをブーケと呼ぶのだが、ウイスキー業界ではあまりブーケと言う言葉は使わない。熟成がうまくいっていると、エステル(酸とアルコールとの化合物の総称)のような好ましい香りを放つ。フルーティな香りを持つものもある。また、熟成と言うのは適度にされるのが良いのであって、熟成の進み過ぎたモルトには明らかに酒質の劣化が見られる。

3.ピート香

 ピートとは、ヒース(ヘザー)などの灌木が堆積してできた泥炭のことであり、ピート香とは生のピートの香りでははなく、燻煙香のことを指す。スモーキーだと表現されることもあり、これはスコッチ・ウイスキーならではの醍醐味と言えよう。特にシングル・モルトでは、心行くまで堪能することができる。ただし、ピート香はモルトウイスキーに不可欠なものではない。ピーティではなくても、おいしいモルトはたくさんある。

4.油質感

 よく「オイリーな舌触り」と言った、表現の仕方をする。決して悪い意味ではない。脂っこいと言う意味ではなく、舌に絡み付く粘性を表したものだ。さらっとし過ぎたウイスキーは味気なく、ある程度のオイリーさは望ましい。また、オイルを連想させるアロマに対し、「オイリーな香り」と表現することもある。

5.辛 さ

 塩辛いと言う意味ではなく、舌がヒリヒリすると言う意味で用いている。英語ではスパイシーと表現するが、これは調味料のスパイスとは無関係な、ニュートラルな辛さを意味するものだ。若いシングル・モルトは、当然のことながらスパイシーな傾向は強い。辛さは割水で調節できるため、ストレートのままであまりマイルドなのは頂けない。

6.甘 味
7.塩 味

 すべてのモルト・ウイスキーに、甘味と塩味は含まれている。アルコールは本来甘いものであり、甘味の強いモルトの中には、蜂蜜のような甘さを持つものもある。それに対して、嫌になるほど塩辛いモルトと言ったものは存在せず、塩味の強弱の幅は狭い。塩味はピート香とリンクしている場合が多い。
 ちなみにタンニンのような渋味に対しては、「ドライ」と言う表現を使う。一般的には「ドライ」と言う言葉は、甘くない、あるいはマイルドでないことを、肯定的に表現するときによく使われる。ドライ・マティーニなどは、その良い例だ。しかし元来は渋味に対しての表現なのであり、当サイトでもその意味で用いる。渋味は多くの場合、渋味を基調とした複合的な雑味であり、「ドライ」の概念は‘ボディ’の領域に含まれると考えたほうが、解りやすいかもしれない。

8.ボディ

 ボディとは、‘コク’のことである。コクとはすなわち風味の深みのことだ。8つのポイントの中で最も重要なのが、このボディだ。アルコール度数が20%程度になるように水で割ってみると、ボディの厚さが判る。ボディが軽くても、飲めないほどまずい訳ではない。しかし同じタイプの味のもの同士を比べたならば、ボディの厚いものの方が間違いなくおいしい。総合評価に対しては、最も大きな影響を与えるファクターである。英語ではrobust(こくがある)と表現することもある。

 
 以上が基本となる8つのポイントだが、次のような項目もチェックしておきたい。


・熟成度

 熟成香のチェックとは別に、熟成がどれだけピークに近付いているかを見る。熟成が進み過ぎていると、ボディも風味も薄っぺらな、水っぽいモルトになってしまう。

・ゴム臭

 シェリー・カスク熟成のモルトに、良く見受けられる。決して好ましい香りではない。シェリーやポートワイン等のいわゆる酒精強化ワインには、通常のワインと同様に二酸化硫黄が添加されている。殺菌、及び腐敗防止のためである。アルコール(C2H5OH)分子中の酸素原子(02-)が、二酸化硫黄から遊離した硫黄原子(S2-)に置き替わると、メルカプタン(C2H5SH)と言う化合物に変化する。これがゴム臭の正体だ。元のシェリー自体に、この化学変化が起きていないとすれば、樽の再利用と言うプロセスに問題があるのかもしれない。

・樽 香

 樽の材質であるオークの木の香り。リグニンと言う成分が放つ、バニラのような甘い香りを伴うこともある。樽香からは、熟成中の樽のイメージがリアルに伝わって来る。樽香のきついモルトは飲みづらいが、ほのかな樽香は、むしろ歓迎すべきものだ。樽香は渋味とリンクしている場合が多い。

・苦 味

 舌は奥の方で苦味を感知できるため、喉越しの時に苦味を感じることがある。軽い苦味は食欲を促す作用があり、多少なりとも苦いモルトは、アペリティフとして飲むと良いだろう。ただし、余り強い苦味は、評価においてはマイナスの要因ともなり、‘心地良い苦さ’の判断は意外に難しい。

・余 韻

 喉越し後には、長く暖かい余韻があるのが理想的だ。余韻の長さがアルコール度数に因らずに、独立したファクターとして存在している点は、大変興味深い。

・個 性

 個性的なモルトには、それなりの評価を与えるべきだろう。しかし個性的な味とは、風変わりな味のことでもあり、万人に共通し得る評価を下すことは不可能だ。個性的ではあっても、個人的に飲みづらいものには低い評価を与えてある。


 おいしいと感じるかそうでないかは、人それぞれ。改めて言うまでもないが、ここでの評価が唯一無二なものではないことはご了承いただけただければ幸いだ。
総合評価は EDCBAAAAAA の7段階で表した。Bはまあまあ、A以上はおいしいと感じられるものである。


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